2026年9月5日で43歳になりました。
43歳の壁
「43歳の壁」という言葉があります。
クレイジージャーニー視聴者にはお馴染みの「植村直己冒険賞」の植村直己は43歳で遭難死。2026年7月30日頃、著名な登山家であるニルマル・プルジャも43歳で死亡。著名な登山家が43歳で命を落としてしまうことから「43歳の壁」と言われます。
探検家・作家の角幡唯介は以下のように語ります。
40歳を過ぎたとき、人はそれまでとは異なる人生の新しい局面に足を踏みいれる。おそらく多くの冒険家が43歳で遭難するのは決して偶然ではない。うっかり死の淵に迷いこんでしまうだけの理由が、この年齢にはあるのだ。
—角幡唯介、裸の大地:狩りと漂泊
40代の人生は他人と比較できない
10代までの日本人はほとんどが同じ人生を歩みます。義務教育を終え、高校を卒業。18歳または22歳頃から就職します。
しかし、20代後半から30代にかけて正解のない分岐点が多数あり、その分岐点によって、40代を迎えます。迎えられずに死んでしまった方もいます。
会社員を続けるか?転職するか?フリーランスになるか?起業するか?従業員を何人雇うか?結婚するか?子供を持つか?働き続けるか?仕事と家庭のバランスをどうとるか?家を買うか?賃貸にするか?車を持つか?都市で狭い部屋に住む?田舎に広い家に住む?
多数の2択がかけ合わさった結果、40代で自分と全く同じステータスの人になんて、まず会えません。
若い頃は他人と比較していました。成績、年収、貯金、恋愛、家、仕事の規模……。しかし、40代になると、もう軸が多すぎて、比較するのは難しすぎます。実質無理。
他人との比較はもう無理なんです。比較するのは過去の自分しかない。過去の自分と比較していくしかない。過去の自分を越えるにはどうすればいいか?それは新しいことにチャレンジするしかない。
肉体の衰えと自意識が交差する43歳
僕は登山家ではないけれど、43歳の壁はなんとなく想像がつきます。40代になると、新しいチャレンジをしなければならない強迫観念が襲ってくる。50代では「確実に」肉体が衰えているけど、40代は「30代に近いはず。やるなら今!最後のチャンス!」と…。
しかし、実際には肉体も脳も衰えています。その自意識と現実が交差する瞬間が43歳なのでしょう。僕はその交差する瞬間にいます。
43歳の壁を乗り越えるには?
43歳の壁を乗り越えるにはどうすればいいのでしょうか。1つ目はチャレンジし続けること。2つ目は肉体の衰えをカバーすること。幸運なことに、登山家と違い、僕のチャレンジは死にはしない。死なない程度に。
新しいイベントを立ち上げる「道産ボドゲ市」
42歳の1年間で一番大きかったチャレンジは、ボードゲームイベントの主催者になったこと。これまで出展者として参加してきたボードゲームイベントに、主催者として関わりました。

「道産ボドゲ市」というボードゲームのイベントを立ち上げ、2026年3月と8月の2回、開催。北海道のボードゲーム制作者に集まってもらい、来場者に実際に遊んでもらうイベントです。販売がメインではなく、試遊がメイン。イベントタイトルは「道産米」「道産ワイン」があるなら「道産ボドゲ」があってもいいじゃないか、という思いつきから始まっています。立ち上げた理由については記事の「なぜ「道産ボドゲ市」を開催するのか。落選から始まった3年間の話」をご覧ください。
初回は「目標は100名だけど、50名くればいいでしょう」とスタッフの方に告げていましたが、実際に蓋を開けてみると、117名の来場者。驚きの結果でした。
多数のお客様を待たせることになり、一時的にオペレーションはパンク。その反省もあり、会場を倍にして、出展団体を4から7に増やして、第2回の道産ボドゲ市2026夏を開催。結果は153名の来場と、良い結果に。北海道新聞、読売新聞に取り上げていただき、NHKの生中継やJ:COMの取材も入りました。ありがたい限りです。2026年での僕の仕事としては最大のインパクトを残せました。
素晴らしいスタッフに囲まれた道産ボドゲ市
僕が最も誇りたいのは良いスタッフに恵まれたこと。まずは良き相談役であり、道産ボドゲ市のデザイン面、当日のオペレーションの責任者を担ってくれた、みっちーに大感謝。彼なくして道産ボドゲ市の成功はありえませんでした。本当にありがとうございます。
そして当日スタッフとして、初回から関わっていただいた三河遊滝川店のスタッフの方、道産ボドゲ市2026夏から当日スタッフに加わっていただいたゆこるのスタッフの方。
僕には大好きな北海道のボドゲカフェ店員さんがたくさんいます。その中でもゆこるのきむちさん、三河遊滝川店のはるかさんの、いつも場をとてつもなく明るくさせる人間力を大尊敬しています。(根が暗い僕とは大違いなんです!!)
初回に三河遊滝川店のはるかさんに関わっていただき、成功に気を良くした僕は「はるかさんと、きむちさんの共演を観たいな」と妄想。きむちさんにイベントに関わってほしいと話をしに行くとOKをいただき、実現することになりました。
道産ボドゲ市2026夏の開場前のスタッフミーティングで、念のため作成したスタッフマニュアルを渡し、たどたどしい説明後、きむちさんから核心をついた質問がどんどん来る中、僕がしどろもどろで説明をすると、きむちさんから
「要するに『いい感じでやってくれ』ということですよね?」と笑顔で聞かれ、僕は「そのとおりです!」と力強く答えました。
結果は本当に超超超いい感じ!!!
初回より断然上手くオペレーションが回り、ゆこる店長のきむちさんのボドゲカフェ店員力の高さを強く感じました。
懇親会後、はるかさんたちに車で家まで送っていただきました。車中ではるかさんから「きむちさんと一緒にこうしてスタッフとして仕事をするのは初めてで。実は途中からアイコンタクトで会場を回していたんです。目配せで今、お客様を別スペースに誘導しても良いかのアイコンタクト。きむちさんに学ぶところがたくさんあって、本当に勉強になりました。何よりも今日は本当に楽しかった。貴重な機会をありがとうございます。また誘ってくださいね」
と言ってもらい、胸が熱くなりました。道産ボドゲ市、開催して良かったよ。
道産ボドゲ市の課題
道産ボドゲ市、実を言うと、すべてが成功ではありません。まだまだ課題はあります。
ちなみに収支をこっそり公開すると、第2回は収入28,000円、支出29,087円で、マイナス1,087円。ほぼトントンです。第1回はもっと赤字でした。儲かっていません。むしろ持ち出し。
でも41歳の記事で「自分がやるべきこと以外はやらない」と書きました。道産ボドゲ市は僕が主催するべきと思いました。本当は誰かが同じイベントをやってくれるなら任せたい。でも誰もやらなかった。
次回は2027年の3月を考えています。あとは金銭的に余裕があれば…スポンサーが欲しいな。どなたか協力してくれませんか。
新しいボードゲーム「絶対葉物感」

2026年7月、北海道ボドゲ博で新作「絶対葉物感」をお披露目しました。キャベツ、レタス、白菜。葉物野菜がテーマのゲーム。
本作のテーマは「いかに安く抑えられるか」。DVDパッケージを使用することにより、制作コストを安価にしました。そして、普段ボードゲームをやらない方でも楽しめるように設計しました。課題はありますが、目論見はある程度、成功したと思います。

次なるボードゲーム制作へ
初回の道産ボドゲ市での出来事。ある方がブースに来てくださったのですが、僕のゲームはいくつかすでにプレイ済みとのこと。そこで何かを感じた僕は、その日初めて「ちなみにこんなゲームもありますよ」と奥からあるものを取り出しました。不動産賃貸価格を予想するボードゲーム。まだ未完成の試作品です。
そのゲームは大変盛り上がり、その方はいたくゲームを気に入ってくれました。その方をYさんとします。
そこから数カ月後の北海道ボドゲ博で、またYさんに会えました。
「あの不動産のボードゲームが製品化したかなと思って来ました」
「すみません、今回販売しているのは、こちらの絶対葉物感なんですよ」
制作者にとって「まだ製品化していないんですか?」は耳の痛い言葉であり、熱情を焚きつける言葉でもあります。僕には商品化していない試作品ゲームが他にも数個あります。その中の不動産ボードゲームを、そんなに気に入ってくださったことに驚きました。
そして2回目の道産ボドゲ市2026夏。17時終了の30分前、再びYさんが僕のブースに訪れました。これはもう最後の試遊のお客様です。
僕はYさんの言いたい言葉が表情でわかりました。しかしそれを遮るように僕は言います。
「すみません、まだあのゲームは完成していなくて……でも持ってきているのでやりますか?」
と聞くと、Yさんは笑顔で言いました。「それを楽しみにイベントに来ました」
僕のペースは年一でボードゲームを製品化。しかし、まだ来年の製品化ゲームは決めていませんでした。
その中で、道産ボドゲ市の最後のお客様であるYさんが、不動産ボードゲームを試遊。そのゲームは30分大盛り上がり。改めて「ぜひとも製品化してください」と背中を押されました。
僕の2026年最後の大仕事として主催したイベントの最後のお客様が、僕の次年度の目標を告げに来たような瞬間でした。次年度はそのボードゲームを製品化することを目標にします。
作ってばかりで、遊んでいない
ここまで「作る」話ばかりしてきましたが、正直に書くと、僕は最近、ボードゲームを全然遊べていません。
買ったのに一度も表の空気を吸えていないゲームたち。ありがたいことにポストには21件のいいねがつきました。しかし、いいねでは遊べないんですよね。
作る人間は、遊ばないと枯れます。他人の作ったゲームに触れて「この手があったか」と悔しがる時間が、そのまま次のアイデアの材料になる。43歳の1年間は、作る時間と同じくらい、遊ぶ時間とインプットの時間を確保したい。
というわけで、誰か一緒に遊んでください。本当に。
筋トレと、プール通いと、バッティングセンター
さて、43歳の壁を乗り越えるための2つ目。肉体の衰えをカバーすることです。
43歳の壁の正体が「経験の蓄積」と「肉体の衰え」の交差点にあるのだとしたら、対抗策のひとつは単純です。交差する時期を、できるだけ後ろにずらせばいい。
実は今年、転倒して肋骨を折りました。医師からは約2ヶ月の安静。バッティングも禁止。結局2ヶ月半、ジムから離れることになりました。
若い頃なら「そのうち治る」で済んだ話です。でも43歳の骨折は、2ヶ月半という時間の損失として、はっきり数字に出てくる。復帰後に重量を戻すのにも時間がかかりました。
交差点は、思っているより近くにあります。
筋トレは2024年2月から続けています。2年半で、トレーニングの総容量は約1.55倍になりました。数字が伸びるのは楽しい。43歳にもなって自己ベストを更新できる領域がまだ残っているというのは、地味に効く事実です。
一人コツコツと筋トレをしていたのですが、たまたま旅行先で出合った「科学的に正しい筋トレ大全」を読むと、今までのトレーニング方法が不効率で間違っていたことを知りました。筋トレの方法とか、プロテインの正しい飲み方とか。科学的論文系の本が好きな方にはおすすめの本です!

そしてバッティングセンターも続けています。18球100円という、この令和にあり得ない価格設定の元町バッティングセンター。バッティングセンターが年々減っていく中で、寄付のような気持ちも込めて通っています。皆さんも通ってください。真面目な話、行かないと無くなります。
そして今年から始めたのがプールです。これがいい。腰にも膝にも優しく、それでいて全身が疲れる。泳いだ日は本当によく眠れます。平泳ぎと背泳ぎだけですが、500メートル以上泳げるようになりました。
筋トレは区民体育館のジムを利用しており、水泳は区民プールを利用しています。実は札幌では各区に区民体育館と区民プールがあります。これを一つずつ巡る計画を立てています。
ジム、プール、バッティングセンターの仲間は常に募集中です。声をかけてください!
過去の自分としか比較できないなら、過去の自分に勝てばいい
冒頭に「40代は他人と比較できない」と書きました。軸が多すぎて、比較が成立しないからです。これは絶望のようでいて、実はかなり気楽な話でもあります。比べる相手が去年の自分ひとりになるということ。
去年の僕は、美唄で小さなイベントを主催していました。今年の僕は、大通のど真ん中で117名と153名を集めるイベントを2回やりました。去年の僕はプールに行っていませんでした。今年の僕は行っています。去年より1つでも多く、去年より1歩でも遠くへ。それでいい。
登山家の壁は、越えられなければ死にます。僕の壁は、越えられなくても死にません。落ちても、せいぜい恥をかくか、在庫が余るくらいです。だったら、挑まない理由がない。
43歳の壁を越えられるのかどうかは、正直わかりません。壁は越えるものではなく、気づいたら横に立っているものなのかもしれない。
ただ、1年後にまたこの記事を書くつもりでいます。「44歳になりました」と。その時に報告できることを、今年も少しずつ増やしていきます。
実を言うと、今が生きていて一番幸せな時期かもしれません。なぜかって? それは直接会った時に聞いてくださいね。なんだかんだ書きましたが、やっぱり会って話すのが一番なんですよ!
それでは今年もよろしくお願いいたします。

