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33歳になりました。「いつ死ぬかわからない人生、やりたいことはやりたい」

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彼女の死を知ったのは、RISING SUN ROCK FESTIVAL2日目、大森靖子のライブが始まる30分前。彼女は30歳だった。

彼女の妹さんから、突然のメールが届いた。ライジングが終わり、札幌に戻った後、彼女のお父さんと電話をした。その一週間後、結婚式以来となるスーツを着て、追悼法要に行った。

彼女とはおよそ10年間会っていなかった。

今からおよそ1年前、彼女からメールがきた。大雑把に要約するとメールはこういう内容だった。

「お久しぶりです。覚えていますか。今、村上春樹の作品を読み返しており、その中で札幌大学の教授の論文がありました。『札幌大学は赤沼さんの母校だ』ということ、『赤沼さんが村上春樹を好き』ということを思い出して、メールしました」

彼女は僕が大学のときに所属していたサークルの後輩だった。学年が違うこともあり、一緒に活動したのは1年もなかったと思う。最後に会ったのは学生時代のサークル活動中だったと思う。

大学卒業後、彼女は本州に住んでいた。彼女とは「帰省時に会えればいいですね」というメールのやりとりをした。実際に今年の4月、帰省の予定があり、「札幌でランチに行きましょう。詳しい日時は帰省が近くなったら、また連絡をしますね」という連絡があった。

ただその後、Twitterの様子から彼女は札幌に帰ってきたようだったが、具体的な日程の連絡が来なかったので、「札幌滞在中は忙しいのか、気が変わったのだろう」と思い、会うことには特に触れなかった。彼女は既婚者であり、あまり強く「会いたい」と連絡するのも良くないだろうと思った。

その後、彼女からの連絡はなかった。4ヶ月後、彼女の妹さんから連絡があり、伝えられたのは彼女の死だった。

4月のあのとき。無理矢理にでも約束をこぎつけて会っておけば良かったと、今では思う。

意外なことに、人生はやり直しが効くことはたくさんある。失ったものは取り戻せることは多い。ほとんどのことはなんとかなる。お金で買えるものはまた買えばいい。お金がなければ稼げばいい。仕事を辞めてもまた始めればいい。仲が悪くなってしまった恋人や友人ともう一度やり直すこともできる。病気になれば治せばいい。大体は待っていてくれる。

しかし、どうしてもやりなおしが効かないもの、待っていてはくれないものがある。それは死だった。

彼女は30歳だった。僕より若い人の死。死はあっという間にやってくる。いつか会おうと思っていた人も死んでしまうかもしれない。いつか会いたい人は今すぐにでも会ったほうがいい人かもしれない。これを読んでいる方で「いつか会いたい人」がいる方は今すぐにでも会う準備をしたほうがいいと思う。

彼女はブログをやっていた。本の読書記録を書いた小さなブログだった。家に帰った後、彼女のブログを見直してみた。最後の記事のタイトルは「夢で会いましょう」だった。

その出来事から半月経ち、僕は1つ歳を取り、33歳になった。

彼女とはそこまで親しい関係ではない。だから、「彼女が生きたかった人生を背負ってこれから生きよう」というようなことは思えない。特定の宗教にも属していないので「彼女が見てくれている」とも思わない。

ただ、常々思っている「いつ死ぬかわからない人生、やりたいことはやりたい」という思いをより強くした。

会場を出る時、いただいた花を部屋に飾った。

うちのパキラ(右)に友達ができました(๑′ᴗ‵๑)

Toshiyuki Akanumaさん(@toshiyuki83)が投稿した写真 –

33歳とは…。32歳の1年間を振り返る

この花たちは今も僕の長い家族、パキラと共に暮らしています。この花たちとパキラに見守られながら、33歳になりました。

33歳はなんとも中途半端なのでしょうか。30代前半のさらに中盤。歳男でもありませんし、何かの区切りでもありません…あえていえば、3と3というゾロ目ぐらいしかないかもしれません。30歳になるときはギャーギャー騒ぎましたが、30代になって3年経つと、30代に対しても受け入れが出てきました。「はぁ、33歳か」と。

「受け入れ」に関していうと、「自分が中堅~ベテランである」という受け入れははっきりできています。

年長の方には「若いですね」と言われることがあるのですが、33歳の僕は社会人とIT業界歴が10年以上になり、もう「若手」の顔や態度をしていられません。他業界では◯◯歴10年でも若手かもしれませんが、IT業界自体はとても若く、離職率も高い業界です。10年もIT業界にいると、断然、中堅ですし、ベテランともいえると思います。もう「若いので」というのは通用しません。

自分が見本にならなければいけないと思っています。「札幌をもっと面白くしたい、面白くするんだ」というテーマを持って、札幌移住計画という活動をしています。今年の1月には東京でも大きなイベントができまして、少しずつ前には進めています。

札幌移住計画主催「#みんなの札幌移住計画」

札幌移住計画主催「#みんなの札幌移住計画」にて
札幌移住計画主催「#みんなの札幌移住計画」にて

フリーランスとしては3年目です。フリーランスとしてはまだまだたくさんの先輩がいますが、徐々に見本になれるような存在になっていきたいです。

本業のマーケティストでは多くの仕事をいただいています。本当にありがとうございます。おかげさまで32歳の1年間も売上・収入的には安定し、大変ありがたく思っています。1人で行っているため、サービスの提供スピードが遅い点は申し訳ないのですが、今後も価値を提供できるようにこれからも頑張っていきます。

多い仕事は32歳の1年間もマーケティングのコンサルティング&サポートでしたが、今後はこちらから「発信」する仕事を増やしたいと思っています。33歳は以前行っていたセミナーの仕事を強化したいと思っています。セミナー、イベント系の相談をいただければ嬉しいです。

仕事以外の反省点と今後について

ありがたいことに仕事は大変充実しているのですが、もう1本の人生の柱である創作については32歳の1年間も全然ダメでした。これは強烈な反省点です。去年の記事を読むのも恥ずかしいぐらいです。

「いつ死ぬかわからない人生、やりたいことはやりたい」仕事でお会いしている方はイメージがないと思いますが、僕はクリエイティブ的な創作活動をやっていきたい人間です。胸を張って紹介できる過去の創作活動はあまりないのですが、以前開催の「赤沼俊幸の写真都市」については一定の手応えを感じられました。

親しい方からは「次の写真イベントはいつやるの?早く!」と言ってくださいます。とても嬉しいです。写真イベントというのは、2013年(もう3年前…)に開催した「赤沼俊幸の写真都市」というイベントです。

「赤沼俊幸の写真都市」は自分が撮りためた変な写真を紹介するトークイベントです。とてもやりたい気持ちはあり、日々の中や旅行時に撮影を続けています。

人目を気にせず、熱心に写真を撮影する赤沼氏
人目を気にせず、熱心に写真を撮影する赤沼氏

撮りためた膨大なネタ写真はハードディスク内にあるのですが、まとめる作業がおいついていません。生活をしていく以上、仕事優先になってしまうのですが、ずっとそれを言っていても何もできないままなので、今は寝る前の1日30分~1時間という時間を取り、少しずつ写真整理をしています。本当にお待ちください…。

まとめ・やること

やることは明確です。

  • 今任せていただいている仕事に対して、全力で取り組む。いただいている金額以上に満足していただく価値を提供する
  • 「発信」する仕事として、セミナー・イベントを強化する
  • 札幌移住計画など、札幌のIT業界を良くするための活動を行う
  • その中でなんとか空き時間を見つけ、写真都市の準備をする

これ以外の遊びや変な活動もしてしまうと思うのですが、「いつ死ぬかわからない人生、やりたいことはやりたい」という気持ちを胸に、このやることを日々、粛々と頑張り、「赤沼俊幸が札幌にいて良かった」と思っていただけるようにこれからも頑張っていきますよ!!

夕張にて(赤沼俊幸)

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執筆者

赤沼俊幸
札幌でWebマーケティングコンサルティング・サポートを提供し、Webマーケティングの悩みを解決する、マーケティスト代表。北海道のITを紹介するキタゴエの編集長も行っています。 札幌への移住を促進する札幌移住計画では広報やイベントを担当しています。個人的な表現活動として、赤沼俊幸の写真都市を行っています。Twitterは@toshiyuki83

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